小説と幻想

シロウト小説書き有沢ケイの小説

食べられるために飼われています。

久々に投稿ですねー。思いつきで一発書き。二時間くらいかな? たぶんもう直しません。

 

 

 

 わたしは、食べられるために飼われている。
 そう言ったのはマールだ。マールは、くるくるの丸い目をして、ふかふかしている。ご主人さまが、マルチーズに似てるからマールという名前にしたのだそうだ。
「きっと、高貴な聖獣に違いないでしょうな」
 マールは自慢げに言ってふんふんと鼻を鳴らしていたけれど、なんだか的外れっぽい。高貴っていう感じがしないもの。
「ワタクシがお嬢さまの世話を任せられたからには、完璧に仕上げてみせますとも」
 なんてことも言っていた。よく分からない。
「ご主人さまは、普通にごはんを食べてるのに、わたしも食べるの?」
「勿論です。もっとも、随分と先のことですがね。よろしいですか、お嬢さまは健全で美しく、かつ清らかにならなければなりません。そうでなければ、とてもとても食べてなんかいただけませんからね」
 マールが言うには、わたしがご主人さまに食べていただくことはとっても名誉で素晴らしいことなのだそうだ。変なの。食べられるなんて痛そうだし、ちょっと嫌な感じがする。
 でも、ご主人さまがそうするというのなら、何か理由があるのだろう。ご主人さまは、とても良いひとだし、頭をなでてくれるし、にこにこしている。ごはんも、おやつもくれる。叩いたり殴ったりしないし、急に叫んだりしない。
 それに、暗闇からわたしを助けてくれた。光を背負ったその姿は、天使さまのようだった。金の髪が光に透けてきらきらしてた。
「ねぇマール、健全って何?」
「健康で欠けることがないことです」
「わたし欠けてるところばかりだよ、だめな子だもの」
 だってそう言われてた。毎日毎日。奥様に。
「ワタクシがこれから教えて差し上げますから大丈夫です」
「清らかって何?」
「心に濁りがなく、研ぎ澄まされていることです」
「……よく分からない。わたし毎日ずっと醜いって言われてたから、美しいは無理だと思う」
「そんなものは、忘れておしまいなさい。お嬢さまには素質がありますから問題ありません。まだ7歳ですよ、これから充分美しくなれます」
「そんなものなの?」
「そんなものです、安心なさい」
 なんだか、ちょっぴり不安な気がしたけれど、マールがあんまり毎日自信満々に言うので言われるとおりにしておくことにした。ご主人さまは毎日頭をなでてくれるし、もういいかなって。
 美味しいごはんを食べて、おやつも食べて、それから運動もして、勉強もして。ちょっとずつ元気になると、ご主人さまはもっとにこにこしてくれて。毎日とても嬉しいし、楽しい。ご主人さまは忙しいみたいで、あまり一緒にいられないけど、毎日こんなに楽しいなら、いつか食べられちゃってもいいかなって思うようになってきた。それでもやっぱり美しくなるのは無理な気がするけれど。

 ご主人さまは、あまり喋らない。普通は、「おはよう」「朝食にするぞ」「おやつはここに置いておくからマールに出してもらえ」「行ってくる」「ただいま」「体を洗ってこい」「おやすみ」以外の言葉を言わない。時々、「大分ふっくらして子供らしくなってきたな」とか「いい子だな」とかも言うかもしれない、程度だ。だから、わたしも特に喋らない。余計なことを言うと殴られていたこともあって、話をする習慣がないらしい。マールには令嬢らしい話し方というのを習っているので、一日中全く話さないわけでもない。だから気がつかなかった。ご主人さまが、そう呼ばれていると知らなかったことに。

 ある時、ご主人さまが珍しくお客さまを家に連れてきた。
「仕事仲間のグレンだ」
「はじめまして、えぇと、ジュリアちゃん、だっけ? グレンといいます」
「あの、ご主人さま」
「ご主人さまぁ?」
 グレンというお客さまが変な声で聞き返したので、わたしは何か間違ったのだと気がついた。
「クロード、お前何教え込んでんの、こんなちっちゃい子に」
「ま、待て。誤解だ」
「申し訳ございません。マールがご主人さまと呼ぶものですから、あの、ご主人さまは、クロード、さま? なの? じゃなくて、ございますか?」
「イヤ言葉遣いとかいいから。ジュリアちゃん、もしかしてコレの名前知らなかったの? 今までずっと?」
「ごめんなさい、えと、あの、わたし……わたしはジュリアというの、ですか」
「え? じゃあ君の名前は?」
「ごめんなさい、分からない、です」
「は?」
「誰も呼ばないので」
「三ヶ月も一緒に暮らしてて何やってるんだバカ!」
 グレンさまはご主人さまの頭を叩(はた)きました。
「わぁっ、申し訳ありませんっ」
「何で君が謝るの、君は悪くないでしょう」
「ご、ごめんなさい、でもご主人さまが痛いのダメぇ」
「……うっかり手が出たのは悪かったよ。でもね、こういう場合は大人が責任とるもんなの、君くらいのちっちゃい子は、もっと甘やかされていいんだ」
「ご主人さまは、やさしいです。頭なでてくれるし、ごはんもくれます」
「うーん、まぁ、クロードが悪い奴でないのは知ってるけど。けどなァ」
「ご主人さまはいい飼い主です。食べられるのは痛そうだけど、今凄く楽しくて」
「…………なぁクロード、俺にはその『ご主人さま』が幼女趣味の変態にしか聞こえないんだが」
「待ってくれ。誤解だ。何でだ、何でこうなった」
「それはこっちの台詞だ」

 結局、ご主人さまはいつか食べるためにわたしを飼っていたわけではなかったらしいです。ご主人さまとマールの間に『深刻な認識の相違』とやらがあったらしいです。
 グレンさまが言うには、ご主人さまが忙しすぎて契約精霊のマールに世話を丸投げ?したのがよくなかったそうで。
「中途半端に世慣れてて大人の病人の面倒ぐらいはこなせたのが余計まずかった。ジュリアちゃんがまた可愛いし、クロードの無意識の紫の上願望がなー……」
 などと、なんだか難しそうなことを言っていました。

 わたしは、ご主人さまのことをクロードさまと呼ぶことになりました。マールとクロードさまとの協議の結果、だそうです。マールが言ってました。でも、クロードさまに食べていただけるような令嬢になる目標はそのままなんだって。
 クロードさまは、目指さないでいいって言ったんだけど。
「クロードさまだったら、食べられてもいいかもしれないです」
「イヤイヤイヤ駄目だろ、駄目だろうソレは。むしろ真っ当な大人としてそこは」
「やはりワタクシの腕の見せどころですな!」

 

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